有間皇子まつり

 有間皇子まつりの案内
 平成15年11月9日(日)に和歌山県海南市藤白神社境内有間皇子神社で開催されたものです

         
 詳細はパンフレットを見てください。クリックするとPDFファイルとして見ることができます
 PDFファイルをご覧になるためには専用ソフト 「Adobe(R) Acrobat Reader(R)3.0以上」(無料)が必要です。お持ちでない方はAdobe社のサイトからインストーラをダウンロードしてください。
Adobe社のサイトからダウンロードする
get acro



 



平成14年有間皇子まつり
11月10日(日)

藤白神社(和歌山県海南市藤白466)
TEL 073−482−1123

 藤白神社は熊野古道の入り口にあり,元は藤白王子社で熊野九十九王子社の中でも格式の高いところでした。境内には19歳の若さで命を落とした有間皇子をまつる神社があり,毎年11月の第2日曜日に有間皇子まつりが開催されています。今年は11月10日(日)に開催され,慰霊祭,紀伊万葉朗唱会,万葉コンサートなどが行われました。


まつりのポスター


日 程

12:00〜 慰霊祭・慰撫の楽

         万葉生け花展・有間皇子ご尊像公開

12:50〜 万葉講話「有間皇子を想う」

   和歌山万葉ほんまもん体験

15:00〜 万葉うたがたりコンサート


有間皇子まつり

 


慰霊祭
神前で琴の演奏を奉納

「有間皇子を想う」
民俗学者松原右樹さんの講演

万葉歌朗唱の会
万葉衣装に身を包んだ約30人が参加した。
本殿の前で訪問者と歓談する吉田宮司さん。
このホームページを見て遠方から来られた方もいると聞きました。役に立てて嬉しいです。
美しい歌声は有間皇子の墓がある藤白坂にまで届いていました。この透き通るような歌声とともに万葉の世界が豊かに広がっていきます。
有間皇子神社で公開されていた木像と絵。
普段は厳重に保管されていますがまつりの日に公開されています。(藤白神社 掲載許可済)
紅葉に囲まれた有間皇子神社
祭壇に御神酒が供えられています。

有間皇子遺跡
きれいな花が供えられていました。


 まつりの日,藤白の坂から峠へと続く熊野古道はひっそりと静まりかえっていました。一丁ごとに置かれた丁石地蔵が時々笑みを浮かべて伝説の「筆捨松」までの道案内をしていたようですが,急坂を上る者にとってはそれらを見ている余裕などありません。見事に実った紀州みかんの木々を下に見ながら,地元の人が指を指して教えてくれた竹藪の方を目指して歩きました。

熊野古道が今に残る。

和歌の浦や遠く淡路島も見える。

 14丁地点は今回のゴール,ここに「筆捨松」があります。
 有間皇子遺跡前を1丁として峠まで,約109mごとに熊野古道脇に18体の地蔵が置かれています。


 「筆捨松」−舒明天皇が占いをしようと松の小枝を投げたところその松が見事に根付いたことから「投げ松」とも呼ばれていた。宮廷絵師の巨勢金岡(こせのかなおか)が熊野権現の化身であった童子と絵画で競い合い,負けて松の根元に絵筆を投げ捨てたことから「筆捨松」とよばれるようになったそうです。


有間皇子まつり訪問記
 有間皇子まつりが開催された11月10日は前日と違って大変よい天気でした。和歌山市内に泊まっていましたが,和歌山へ出かけた日は雨も降っていましたので大変寒く,まつりの日を心配していました。ところが,一夜明けて晴天,気持ちのいい朝をむかえました。まつりの開始時間まで余裕があるし,せっかくだから黒潮の雄大な海も見たいと思って,和歌山市内から阪和道を南下して海を見ながら南部(みなべ)の温泉に入ることにしました。人も少なく,ゆったりと温泉につかっていたのはいいけれど,時間を忘れてしまい,そこでの滞在限度時間をすぎてしまいました。そこから藤白神社近くの阪和道路海南ICまで戻りましたが途中渋滞で,結局まつりの始まりを見損なってしまいました。
 藤白神社本殿前の会場には多くの人が集まり,厳粛な雰囲気での慰霊祭,講演会,万葉歌朗唱,万葉うたがたりコンサートへと進行していきます。コンサートでは,「きれいな声ですね」と思わず隣に座っていた人に声をかけてしまったほど本当に美しい歌声が神社一帯に響いていました。しばらく座って聞いていましたが,歌の途中で申し訳ないと思いつつも,帰りの時間のこともあり,席を離れて近くを散策しました。有間皇子遺跡の前を通り,紅葉と紀州みかんを見ながら藤白坂から峠に向かって熊野古道を歩いてきました。「筆捨松」を目指して歩きましたが,けっこう急坂で予想以上に時間がかかってしまいました。
 さて,この日の夜遅く(7時間かかって帰りました),デジカメ写真を確認したところ画像が正常に表示されません。100枚以上撮影して,まともに表示できたのはたったの21枚。原因ははっきりしませんが,カメラ本体か記録メディアが異常のようで,購入した業者に連絡して病院?送りとなりました。画像の復活は無理かもしれないと言われ,きれいな海も,にぎやかなまつり会場も頭の中のメモリだけに保存しています。そんなわけで翌日,早々に藤白神社の吉田宮司さんに連絡,お恥ずかしい話を聞いていただいた上,無理を承知で写真の提供をお願いしましたところ,現像ができ次第送ってくださるとのことで感謝感激の思いです。
 連絡をしてすぐに写真が届きました。早々にこのページで紹介させていただくことにしました。私の撮影した写真と合わせて掲載しています。なお,有間皇子の木像写真等特別にご許可いただいて掲載している写真もありますので,無断使用・転載等禁止させていただきます。
 トップ 扉を開く 年表
飛鳥の扉 渡来人 仏教伝来 聖徳太子 蘇我氏
大化改新 斉明天皇と道教 有間皇子の変 白村江の戦い
大津京 天皇と宮 酒船石と高取城石垣
「壬申の乱」の舞台を訪ねて 学習「壬申の乱」 竹取物語
飛鳥京 斎宮 藤原京 サイトマップ
飛鳥の石造物 飛鳥の四季 info・関連リンク集

古代史の扉 日本の古墳 日本武尊 徐福伝説 尾張地域の古代史
桃太郎伝説 浦島太郎伝説 海幸彦・山幸彦神話