飛鳥京跡第153次調査 現地説明会

 飛鳥京跡(明日香村岡)で7世紀後半の飛鳥浄御原宮(あすかきよみはらのみや)の正殿と考えられる大型建物跡が発見され,橿原考古学研究所による現地説明会がおこなわれた。3月半ばだというのに当日は大変寒い日であったが,大勢の古代史ファンで賑わった。今回の建物跡は東西約23.5m,南北約12.4mという比較的大きな物で,三棟の建物が縁や廊下でつながっていたと説明されていた。これまで正殿は左右対称と考えられてきたが,今回の発掘でそうではないことも分かった。(しかし,4月の調査で,西側の池の下層から建物跡が見つかった。橿原考古学研究所は「正殿は池を配した左右非対称の構造とみられていたが,左右対称だったことが判明した。」と発表した。)正面中央には入り口らしい跡は見あたらないが,昇り段が設けられていたようだ。(写真は2005年3月12日撮影)

青いシートで囲まれたところが発掘場所
真ん中は伝板蓋宮跡

発掘地の西方向を見る
西側の池跡,柱穴跡と奥に建物跡
建物の四隅に石敷きで囲んだ直径約60pの柱穴があるが,「巨大な幡(ばん=旗)を立てて威容を高めたのではないか。」と説明されていた。
西側の池のような遺構にとは小石が敷いてある。北側の建物から眺めていたのではないかとも考えられている。
石敷きのあるところが建物の外側で奥の土が見えている部分が建物跡。写真は建物入り口の昇り段。
この日は蘇我馬子の屋敷あったとされる島庄遺跡でも現地説明会が行われていた。7世紀中ごろの建物群が新たに見つかった。
5棟の掘立柱建物跡が見つかった北側
赤い線は7世紀中半の建物跡
2棟の掘立柱建物跡が見つかった南側
青い線は7世紀後半の建物跡