川原寺式軒瓦解説


川原寺−橘寺 360度

川原寺模型
川原寺模型(飛鳥資料館提供)
 川原寺は奈良県高市郡明日香村にあり,飛鳥京跡から南西の方で,現在は塔,西金堂,講堂,門,回廊などの土壇のほか,北に200mぐらいの所に北限遺構が復元整備されている。跡地に弘福寺(くふくでら)がある。川原寺の名は日本書紀に見られ,天智天皇の時代に斉明天皇の冥福を祈って飛鳥に建てられたといわれている。藤原京の時代になってからも,大官大寺飛鳥寺薬師寺とともに飛鳥の四大寺とされた。9世紀に弘法大師と深く関係のある寺となった。
川原寺
川原寺跡
 川原寺の寺跡の発掘調査により,斉明天皇朝の川原宮跡に建てられたことがわかっている。
 仏教は6世紀になって朝鮮半島(百済ペクチェ)から伝わった。蘇我氏と共に政治の実力者となった聖徳太子が仏教を保護したため,国内に広がったが,民衆の間に広まったのは奈良時代以降になってから。それまでは豪族たちのような支配者層に外国の最新の宗教として広がっていった。住居が板葺であったのに対し寺は瓦だったので斬新さがあった。

川原寺北限遺構
 これまでの発掘調査で,北限の遺構(北面大垣跡)が確認され,川原寺の寺域は南北330m,東西約200m,飛鳥寺とほぼ同じ大きさであったと考えられている。またこの遺構からは瓦窯跡と工房跡も発見された。案内板によると,瓦窯は,西側丘陵地を利用した登り窯で,その北側に瓦溜まりがあり,瓦捨て場所となっていた。さらに,鍛冶炉なども発見され,金属製品の鋳造を行っていたことがわかった。
川原寺
川原寺式軒丸瓦(飛鳥資料館資料より)
 川原寺で使われていた瓦は川原寺式軒瓦とよばれ,近畿地方,琵琶湖東岸,美濃地方,尾張地方の古代寺院跡で発掘されている。特に,壬申の乱との関係が深いとされ,大海人皇子がたどった道や戦いが行われた地域とほぼ同じ場所の寺院跡から発掘されている。これは,この戦いで功績のあった豪族が寺院を建てることを許され,飛鳥の職人が各地でこの瓦を焼いて用いたと考えられている。 

川原寺式瓦の模様は複弁蓮華文(ふくべんれんげもん)とよばれ,蓮の花を真上から見たものがデザインの基になっている。真ん中に1個,その周りに5個,さらにその周りに9個の蓮子(種子)が描かれている。
蓮
大賀ハス(春日井市内)
勝川町
勝川廃寺・遺跡(愛知県春日井市勝川町5)
現在は住宅や道路となっている
 愛知県春日井市勝川町の勝川廃寺(8世紀初)でも川原寺式と呼ばれる瓦が発見された。市内東部にあったとされる高蔵寺瓦窯で生産されたもの。このような瓦は奈良県及び岐阜県(美濃地方)の古代寺院跡で多く発掘されている。 「壬申の乱」で功績のあった豪族に寺を建てることが許され,都から職人を招いて,当時の新しいデザインだった蓮の花をモチーフにした丸瓦を焼かせたとも考えられている。

 愛知県春日井市の西部地域には味美(あじよし)古墳群があり,「二子山(ふたごやま)古墳」は国指定の史跡です。また,そのすぐ北にも古墳があってその上に「白山神社」がまつられており,これらの古墳は物部(もののべ)氏と深い関係を持っている。
 「壬申の乱」では物部雄君という美濃出身の豪族が登場する。尾張地方の豪族たちに働きかけ,兵を集めることに力を尽くした人物。春日井市の豪族も従い,多くの兵を出したのではないだろうか。



上屋敷公園 (愛知県春日井市勝川町5)
春日井市教育委員会が設置の案内より
「勝川廃寺 白鳳〜奈良時代

推定所在地
 勝川町五丁目を中心に一部四丁目にわたる区域
遺跡の概要
 春日井市勝川町一帯は,弥生時代から平安時代にかけての集落跡や方形周溝墓・古墳などの墓城,水田跡などが残され,江戸時代には下街道ぞいの勝川宿として栄えた。 また古くから五丁目を中心に布目瓦が採集され,「醍醐寺跡」と呼ばれてきたが,一九八〇年代の一連の調査により,古代寺院の寺域が推定されるに至った。
 金堂や講堂跡などの伽藍遺構は確認されていないが,「寺」の文字を刻んだ瓦の出土などから,寺院跡であることは間違いないとされ,遺跡名も「勝川廃寺」と改められた。
 寺院に使用された瓦は,高蔵寺瓦窯で焼かれ,庄内川を下って運ばれたものと考えられている。
 軒先を飾る軒丸瓦は,素文縁の複弁八葉蓮華文と珠文縁の複弁八葉蓮花文が主体で,前者には三ないし四重弧文軒平瓦が,後者には偏行唐草文平瓦がセットとなる。
 このうち素文縁の複弁八葉蓮花文軒丸瓦の優品が,伊藤茂氏およひ桂林寺によって採集されているが,面経は二十三センチあり,この時期の瓦としては最大級のものである。」()
勝川廃寺瓦
勝川廃寺出土丸軒瓦
(春日井市教育委員会蔵)
川原寺式軒丸瓦

 春日井市教育委員会の文化財課の話では,所蔵している瓦は左とその下の平瓦片及び藤原京式丸瓦と思われるかけらのみである。
 この写真では,真ん中の蓮子がわかりにくいが,実物は突起がはっきりと出ている。
勝川廃寺瓦
勝川廃寺出土平瓦
 (春日井市教育委員会蔵)
川原寺式軒平瓦

 平瓦の特徴として,布目の跡が残っている。また,上の瓦の一部に唐草文が描かれている。
勝川廃寺瓦
勝川廃寺出土丸軒瓦
 (春日井市教育委員会蔵)
藤原京式丸瓦

 藤原京式の丸瓦の中心部には十字の模様がある。天皇が住む藤原京で使われている瓦と勝川廃寺で使われていた瓦の模様が同じということに深い意味があると思われる。

奈良国立文化財研究所飛鳥資料館(奈良県高市郡明日香村)及び愛知県春日井市
教育委員会文化財課(愛知県春日井市柏原町)の許可を得て写真を掲載しています。

 

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