釜鳴屋平七(かまなりやへいしち)[1828~1863年]

鮪(まぐろ)網の権利をめぐって村役人に抵抗し、韮山(にらやま)代官所に直訴しました。捉えられて遠島(えんとう 島流し)を申し付けられ、八丈島に送られる途中の大島で亡くなりました。